万年筆は贈り物としての定番度は比較的高く、実際によく出るのは春先だそうだ。そのセオリーだと今の時期はちょうど谷間で、セールやキャンペーンもやっていない「今は時期じゃないもう少し待て」という時期。まあ、時期になってもセールをやることもあまり無いんだけど。
見た目価格
100均のプラ製品や食器って、なんでワンポイントがわざわざ印刷してあったりするんだろう? あのぶん原価がかかってる気がするんだけど、あのワンポイントが安っぽさ感を遺憾無く発揮し100均製品マニア心をくすぐる。
陶芸市などで、一見地味な茶碗が他よりゼロが2つ多かったというのはよくある。なんとなく漂う本物感と言うか、魂は細部に宿ると言うか。時計やネクタイ、ハンカチなどもそうで、「なんか良い」とピンとくるものはパッと見案外地味だ。スーツとかも、パッと見地味だけど全体的になんか良いという感じのものは、細部をよく見ると生地や仕立てが良い。こういうのは玄人でなくても案外分かるものだ。他にも例を挙げると枚挙にいとまが無く、ニトリの家具はやっぱりニトリなりだし、IKEAは店舗がオサレ感なだけで製品はそれなり品質なのがやはり分かる。それでもホームセンターの片隅よりよほど良い品なのはやはり専門店だけある。O塚家具? あえて言及を避けるw
アクセサリーなど、自分が使わないものでも価格なりの品位はなんとなく分かるもので、「あ、これ良いな」と思ったら贈り物としては相手次第ではドン引きされ得る価格だったりする。
ブランドの価値
さて、万年筆だ。
これは見た目価格が非常に分かりにくい。この一因として、国産万年筆の値付けの弱さ、舶来品の値段の法外さがある。逆に言えば、良いものを相手に気負わせずに贈ることができるものでもある。
実際に使ってみると文具としての実用度、使い勝手の良さ、楽さは実感できるものの、カーボンコピー用紙に使えないから宅配便の伝票を書くことはできないなど、それなりに制約もありボールペンほどの汎用性は無い。ボールペンは、昔はインクがネチャついていたが、今やジェットストリームに代表される新世代油性インクボールペンの書き味は万年筆に比べて遜色がない。と言うか、単に性能で筆記具を語るなら国産ボールペンが最高だ。だからわざわざ万年筆を買って使う人はそんなに居ない。そういう意味では贈り物に適している。
万年筆ファンは少なく無く、ネットを徘徊すると愛に溢れたファンの声はいくらでも見つかる。しかし、贈り物視点は案外少ない。そういう視点で探すと、伊東屋やペンハウスなどの通販も手がける万年筆ショップしか引っかからないこともある。ここら辺は商売でやっているので少し感覚的に違う。例えば、万年筆を女性に贈るならパーカーのソネットが定番とか書いてあるけど、ちょっと引かれるレベルの価格だったりする。この値段だったら他にもっと選びようがあるよ。
そもそも忘れてはならないのが、万年筆はあくまでも実用品であるということだ。しかし汎用性が弱い。だから同じ筆記具を贈るなら高級ボールペンの方が実用性の上でも良いし、同じブランドの同じシリーズで万年筆とボールペンをラインナップしていたらボールペンの方が値段的には妥当だ。万年筆より高級ボールペンのほうが、価格の割に高級感が高い。
それでも敢えて万年筆を贈るとすれば、「実用的だから」「コスパが良いから」ではなく「あなたに贈りたい」という気持ちが何よりもその理由になる。万年筆は機能的にはペン芯とペン先だけなので、軸のデザインは使い勝手に直結するもののほぼ100%趣味だ。贈り物としての難しさはそこにある。ただこれはネクタイも同じだから贈りたい人のイメージで選んでしまえば良い。そこで手がかりになるのが、他の贈り物品でもそうだけど、定番ブランドということになる。
贈られる人にとって「ブランドは聞いたことあるけど正直よく知らない」というのは贈り物には有利な要素。
「有名ブランドだけど値段はそうでもないのよ、気にせずに受け取って」
(実は結構なお値段です)
というのも良いし、
「やっぱり大人はこれくらい持っておかないとね」
(心の声:値段はそれほどでもないけど有名ブランド品で高級に見える。ドヤ!)
というのも良い。この視点から、メジャーブランドの中から独断と偏見で贈り物視点でおすすめブランドを挙げてみる。
ポイント
- あくまでも一般的にメジャーであること
「万年筆ファンなら知ってるよね」レベルのブランドはやめとこう。
非趣味者が「聞いたことは無くは無い」程度の知名度のブランドは
そんなに多くありません。
- 見たら分かる
明確なブランドシンボルがあること。マニアならシルエットで判断できる
なんてレベルのブランドは排除。
「良い物使ってるね」と言われるようにしてあげたいじゃないですか。
- 入手性の良さ
受注生産限定ブランドなんかに用はありません。ラインナップも重視。
オススメブランド
海外ブランド
パーカー
クリップの矢羽のレリーフがシンボルで、世界のVIPが愛用する場面がよく見られるブランド。胸ポケットに刺すと矢羽のクリップが見える程度の主張の激しくないブランドシンボルは魅力。歴史のあるブランドで、第二次世界大戦の停戦文書を調印するときに使われ「平和のペン」と呼ばれたというエピソードがあるデュアフォールドのようなマッチョで男性的なイメージのモデルから、コンパクトでスマートな働く女性のイメージシンボルでもあったパーカー75のようなモデルまで、ラインナップに隙が無い。比較的手に届きやすい値段のシリーズにはカラフルで機能的なフレッシュなデザインのモデルもあり、贈る相手をイメージして選びやすい。インクカートリッジは独自規格だが入手性は良い。パーカー75は、限定モデルからビンテージまで幅広く何本あっても飽きない。
ただ最近は万年筆より5thに注力している節があり、モンブラン同様に最近の品質に疑問の声もある。値段的にも程よくカラフルでフレッシュなモデルもあるとは書いたが、この辺のモデルはどうもアメリカンなギャルっちいイメージが拭えず、正直値段なりの価値があるかどうかは個人的には疑問。逆に言えば好みを激しく選ぶとも言え、ハマればとても良い贈り物になると思う。
ペリカン
モンブランが装飾品化してしまっているので、ステッドラーやファーバーカステルに並ぶドイツ製実用文具ブランドの一角。「○チ○の技術は世界一イイイイィィィィ!!!!」ノリのドイツ製のイメージ通りの精密感が魅力のステッドラーも捨てがたいが、ここは黒い森と文学のイメージを漂わせるペリカンを推したい。天冠に刻まれるペリカンの親子のレリーフは細かくマイナーチェンジをしていて、マニアが見ればいつ頃の年代の製品か分かるそうだが、そんなのどうでもいい。このブランドシンボルだけで所有の満足感がある。一般的にはあまりメジャーではないので、わりと主張の激しいブランドシンボルながら嫌味がない。
ラインナップは基本的に大きさの差だけでデザインは統一されているので迷うことが無い。大きさでスーベレーンM400かM800を選んでおけば間違いはない。男性だからといってM400が小さすぎるということも、女性にはM800は大きすぎるということも無いが、男性にはM800、女性にはM400、間を取ってM600ならどっちでも良いかなという感じ。が、M600はコンパクトで実用的なM400でも重厚感がありじっくり物書きに向くM800のどちらでも無く一番中途半端なので、M400かM800のどちらかに振り切りたい。M400はキャップしたときの大きさがパイロットのプレラとほぼ同じ、M800はその1.5倍とイメージしたら良い。
ストライプ柄が定番だが、M800は毎年限定モデルが出る。これがまた趣味がよく、当たり外れがあまりないのもこのブランドの魅力。限定モデルと通常モデルの値段差もあまり無いので、贈る人のイメージで選びやすい。全体的に決して安くはないブランドだが、M200なら手頃。M200はM400と同じサイズでニブがステンレスなだけ。このニブが、金ニブじゃなくてもいいよねと言える非常に良い書き味。M200も毎年限定モデルが出る。個人的にはベスト オブ オススメブランド。
ウォーターマン
フランスのブランドだが創業者はアメリカ人というのがパーカーと共通で、現在では同じグループの兄弟会社になっている。もともとお互いに独自規格路線を突っ走っているメーカーなのでグループ統合でなんだかんだあったりインクが昔と違っていたりするそうだが、そんなのシラネ。
パーカーが創業者の色が濃くアメリカンな雰囲気なのに対して、ウォーターマンはヨーロピアンな雰囲気を纏う。ドイツ製品とは明らかに違う「おフランスな香り」がこのブランドの最大の特徴であり魅力。クリップにブランドシンボルがあるのもパーカーと共通。ウォーターマンは穴が空いたクリップで、胸ポケットに刺すと穴から生地が見えるのがとてもおしゃれ。ペンをファッションの一部にしてしまうあたりがさすがモードの国の製品という感じ。個人的には、スーツをバシッと決めた女性の胸ポケットに入っているところを見たいですw クセのあるデザインのモデルが多く、贈り物にするなら一緒に選びたいところ。サプライズプレゼントよりも記念日デートのプレゼントにしたいですね。←という妄想
全体的にかなりお高めで入手性も良くないしメジャーブランドとは言い難いが、万年筆を発明したメーカーというエピソードは強い。
国産ブランド
ここからは国産ブランド。と言ってもメジャーな国産ブランドはセーラー・プラチナ・パイロットくらいなので、この3ブランドの特徴とオススメモデルを挙げる。
素人がガタガタ言うより
https://muuseo.com/square/articles/300
ここを見たほうがよほど確かなんだけどね。
セーラー万年筆
セーラーは国産3ブランドの中では最も弱小だけど、歴史は最も長い。広島の呉にあるメーカーで、現在では工業用ロボットが主力製品になっているが、軍都廣島と軍港・造船の街の呉の産業を支え続けてきた職人気質のメーカーで、まるで下町の鉄工所のようなノリでチャレンジングに突っ走るのがとても好き。やりすぎて在庫不安定や受注停止とかよくやるのはご愛嬌。オリジナリティは最も高く、変に外国製コンプレックスとか無い王道の国産を突き進む傾向があり日本語文字と相性が良い。「まるで毛筆」別名「変態ニブ」と言われる特殊ニブは受注が不安定なこともあって贈り物としては手を出さないのが吉。
ラインナップの豊富さを言い出したらパイロットに勝てるわけがないけれど、国外ブランドに比べたら遥かに豊富で入門モデルから高級モデルまで幅広い。バランス型(両端が丸い)モデルはクリップに、ベスト型(両端が切り落とし)モデルは天冠に錨のレリーフが入る。ベスト型のプロフェッショナルギアは、The 国産万年筆の最高のデザインの一つだと思ってる。全体的に渋めといえば聞こえは良いけど正直ダサいのは広島という土地柄か。
「若者向け」と自称するにはどうかと思うけど、レグラス万年筆のバランスの良さと書き味はちょっと感動した。これで中字ペン先があればより良いとは思ったけど、国産万年筆の細字ペン先の繊細さはミドルレンジの価格帯のレグラスでも味わえる。セーラーの万年筆はこのレグラスと四季織を持っているけど、価格帯が同程度だからペン先も同じだろうと思っていたら全然違ってた。当然書き味も全然違う。こういう真似はパイロットなら絶対にやらない。「同じペン先で軸のデザインだけ違う」というラインナップなら趣味で選べるけど、万年筆の本体であるペン先が各モデルで違うというとんでもないことをしてくれるので、贈り物としては非常に選びにくい。だがそこがいい。
プラチナ万年筆
個人的にはここはあんまり好みではないのだが、今回は贈り物として考察するということで。
良くも悪くもクセがないのと、限定モデル出しすぎ。限定モデルをよく出すから2本目以降の人にも贈りやすいというのはある。メインストリームの定番モデルであるセンチュリー #3776の限定モデルを選んでおけばいいよ。で話が終わってしまう。書き味はクセがなく好き嫌いは出にくいし、国産らしく品質のばらつきも無くて扱っている店も多いから通販ではなく実際に見て買うと良いよ。以上。
だと身も蓋もないので、少し解説。
「スリップシール機構」という、ペン先の乾燥を防ぐバネ仕掛けのメカをキャップに組み込んでいるのが特徴。そもそもねじ式は嵌合式よりも気密性が高くスリップシール機構なんて要らないと思う。プラチナの万年筆はキャップの回転数が多く、ペリカンよりもキャップを外すのが手間なのに、ペリカンのほうがペン先が乾燥せずインクの持ちが良い。工作精度の高さが国産品の真骨頂だと思うけど、プラチナのキャップに関しては疑問。最低価格モデルのプレピーにもスリップシール機構を仕込んでいるあたり、よほどこの機構に自信があるか、キャップ自体がポンコツかのどちらかだ。
センチュリー #3776は、全体的なフォルムもペン先のデザインもモンブランコンプレックス丸出し。黒軸金トリムの仏壇デザインの通常モデルにホワイトスターのデカール貼り付けてみたい。
・・・どうしてもプラチナには辛口になるな。
限定モデルのセルロイドは、誰かに贈りたいと思う数少ないモデルの一つ。蒔絵モデルも1本持ってるけど、蒔絵?デカールじゃないのこれ。ちょっと贈りたくないね。性能自体にはそれほど不満は無いけど商売の仕方が気に食わない。
自分で買うなら、プロシオンは面白いモデル。このモデル、万年筆好適用紙との相性はそれほど良くないどころか「悪い」と言っても良いんだけど、コピー用紙にはものすごく相性が良いという不思議なペン先で、日常用途に向いている。
パイロット
このブログ最初の記事
hatoatama.hatenablog.com
で絶賛紹介しているパイロット。セーラーとは真逆のカラーの会社で、量産モデルのラインナップの豊富さと品質の安定感が最大の魅力。価格帯が同じモデルはペン先も同じものを使い、量産効果で値段も抑えているから金ペン先でも良心的な値段で、上位機種は値段の割に高級感もある。オーソドックスな定番モデルはカスタム742/743/823あたり。ペン先の性質が微妙に違うので、贈り物にはちょっと難しいかも。面白いのは「中軟」というペン先で、中字の太さながら繊細な国産万年筆の特徴を持ちながらサスペンションがしなやかで癖になる不思議な書き味。また、セーラーほどではないにしても振り切ったペン先のモデルがあることも特徴で、低価格のプレラにカリグラフィニブモデルがあったり、エラボーは「例のペン先」という動画で有名だったり。あの動画は真似しちゃ駄目ですけどね。最大手らしからぬ遊び心があるのが好き。
工作精度の高さは特筆もので、嵌合式のキャップの精密感は世界でも最高なんじゃなかろうか。
どのモデルを選んでも間違いがない。ラインナップも豊富で値段も手頃なので、誰に贈っても間違いがない。敢えてオススメモデルを挙げるとすれば、国産万年筆のオリジナル形態であるショート軸を復刻したElite 95s。キャップ部が長いから嵌合の精度の高さを存分に味わえる。キャップをポストして使用形態にしたときのフォルムの美しさは素晴らしい。ショート軸は70年代には各メーカーからよく出ていたそうなので、年配の人には懐かしいだろうし若い人には新鮮だろう。しかも14金ペン先でお値段手頃。難をあげるとすれば、尾部が短すぎてインクの残量がほとんどわからないこと。
パイロットのペン先は他メーカーよりペンポイントが大きめで好みの分かれる書き味だけど、現行モデルのペン先は最近の好みに合わせてやや固め。一昔前のペン先は柔らかめだったそうで、その頃のペン先を装備しているのがカエデだそうだ。木軸モデルは世界で1本の木目のオリジナル感と、使い込むほどに手の脂で馴染むので、これこそ贈り物に好適。値段もそんなに高くない。
「ひと目でパイロットの万年筆だと分かる」という要素がほぼ全く無いのが、この記事の趣旨に反する欠点とは言える。
番外:オススメできないブランド
モンブラン
万年筆のド定番ブランドといえば誰もが思い浮かべるモンブランだが、筆者としては贈り物にモンブランは避けたい。というのは、モンブランの万年筆はもはや装飾品であり、価値と値段のバランスが悪すぎる。したがって相手を非常に選ぶ。若い人相手には、モンブランの万年筆を持っているだけで「生意気」というようなクサレオヤジが居たりもする。ブランドシンボルのホワイトスターの主張が激しいだけに余計に。
年配の人に対しても考えものだ。そもそも文具を贈るのは「より励め」というメッセージがあるそうで、目上の人への贈り物としては不適切であるという謎ルールも存在する。また、古くからのモンブランユーザーには、最近のモンブラン製品の評判はすこぶる悪い。さらに、高級文具店やデパートでなければモンブラン製品自体を扱っていないことも多い。インクカートリッジはヨーロッパ統一規格なので他メーカーでも良いのだが、純正インクやメンテナンス道具の入手性が悪い。あらゆる意味で贈り物としては全く向いていない。
以上はあくまでも「初心者さん」向けであり、分かっている人同士だったら全く問題ない。むしろビンテージとかならモンブランは最高の贈り物になる。